読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

遍路紀行 1日目(1997年2月25日)曇りのち雪

行程

1番霊山寺徳島県鳴門市坂東)~2番極楽寺(同)~3番金泉寺板野町)~4番大日寺(同)~5番地蔵寺(同)~地蔵寺門前旅館森本屋まで

歩行距離 11キロ

この日の出来事など

1.未明5時,港南台自宅出発。吐く息が白い。十八夜の月がまだ天心に皓々と輝いている。もの皆凍てつく寒さ。身体の震えは寒さだけによるものか。暫し俗世間との訣別の覚悟の証の坊主頭が殊の外寒い。(歩き始めてすぐにわかったことだが、坊主頭は正解であった。洗髪、整髪不要。汗をかいても手拭一撫でで爽快。身軽。)

2.いざ、四国へ!

   ひかり31号         新横浜06:30ーー岡山10:07

   マリンライナー19号     岡山 10:38ーー高松11:37

   うずしお7号         高松 11:42ーー引田12:23

引田駅で徳島行普通列車に乗り換え、1番霊山寺最寄りの坂東駅12時59分着。

3.午後1時20分、阿波鳴門1番札所霊山寺山門に着く。寺内に遍路用品売店がある。白衣、菅笠、金剛杖、頭陀袋,輪袈裟など一式買い揃える。ピカピカの遍路の誕生。この寺は八十八か所1番霊場であるため阿波の観光地であるというよりも、四国観光の名所である。そのため、遍路も多いが一般観光客が2月というのに溢れんばかりである。昔は,この様に季節無関係に観光客で賑わういくつかの札所を除いて四国の2月は遍路の超閑散期であったが、最近はバス、マイカー利用の遍路が年間を通して参拝するので2月といえども遍路が多い。それだけ季節感覚が希薄になってきているようだ。「花遍路」と言うような美しい響きを持つ言葉が死語にならぬよう願うばかりである。しかし、さすがにこの時期の歩き遍路は少ないようである。37日間の遍路中に出会った歩き遍路は6人ほどであった。

4.この寺は歩き遍路に限って住所、氏名、年齢、遍路出発日を記帳する大学ノートが用意されている。聞けば、四国遍路は年間10万人、うち歩きは1000人程度、さらに通しで完歩するのは300人前後とかで(投稿者註。2017年現在はもっと増えている?)、無事完歩した遍路は霊山寺に戻ってお礼参りするのが慣わしである。そしてその場で出発時に記帳した件のノートの自分の欄に満願成就の日付を赤字で記入して遍路の旅は完結する。パラパラとこの古びたノートをめくって見ると、ところどころに赤字の日付が散見できた。果たして小生や如何?途中で挫折せんか、このノートとの再会は不可。ただ、大師のご加護を請い願うのみなり。

5.本堂と大師堂で生まれて初めての般若心経の読経。持ち前の大声が出ない。蚊の鳴くごときか細い声で納経。このような体たらくでは先が思いやられる。とまれ、家内安全、安心立命、6月に生まれ来る初孫の幸い多からん事など欲張りすぎてお大師さんも苦笑いかもしれぬが、何卒お聞き届けくださるようにと一心不乱に祈願する。

6.午後2時、霊山寺を打ち終わり、いよいよ遥か1200キロへの祈りの旅立ちである。天候は曇り、底冷え、時に小雪が舞う。2時からの歩きはじめの為今日は5番までの11キロとまり。2番、3番、4番5番までの寺々は霊山寺の賑わいが嘘のように静まりかえっていた。今日の寺々は皆町寺かと思っていたが、霊山寺を除いてはいずれも寂しい山間に鎮まっている。3番を打った後、4番への道を間違える。不慣れのため、道標を見落としたようだ。勘に頼る歩行となった。走る車もなく、人影もなく、人家もない自動車道路。なんとか4番に着く。計算よりも1時間のロス。4番打ち終え5番への途中から雪本格的に降り始める。

7.午後5時前、5番地蔵寺に着く。山門が閉まる直前、間に合う。四国の札所は開門、閉門時間は皆午前7時より午後5時まで。時間外は参拝もできず、納経帖にも御朱印をもらえない。5時20分、門前の森本屋に着く。一見、昔からの遍路宿と直感できる古色蒼然とした佇まいだ。まず玄関口で金剛杖を洗う。金剛杖は大師の化身である。部屋に入れば床の間かそれに類した上座を探し杖を安置する。遍路の掟である。招じ入れられた和室は本床付きで、ほかに電気炬燵と石油ストーブあり。ストーブはマッチで点火する骨董品だ。同宿者無し。風呂に入っている間に洗濯機を借りる事にした。恥ずかしながら、この齢になるまで洗濯機には触れたことも無かったので、これあることを予測して家内から事前に学習はしてきたのだが、機種が違うためかうまくいかない。裸でウロウロ。女将さんに助けてもらう。食事の後、就寝までの間持参のヘアドライヤーで洗濯物を乾燥させる。毎晩欠かすことの無い必須の夜業であった。地図で明日の行程を吟味し、頭に叩き込む。これも欠かせぬ夜業だ。夜8時。雪から雨。聞こえるのは激しい雨音と宿の幼女の声のみ。女将さんには朝6時起床、朝食、7時出発できるよう頼む。遍路は朝の早発ち、夕べの早仕舞いが理想。さすがに遍路宿、心得たもので一切承知。8時半就寝。かくて新米遍路の第一夜は事無く更けていった。一泊二食6000円。