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遍路紀行 32日目 (1997年3月28日) 晴れ

行程 

宇摩郡土居町の蔦廼家旅館~伊予三島市を経て65番三角寺川之江市金田町)~徳島県三好郡池田町の民宿岡田まで  歩行距離 33キロ (延べ995キロ)

この日の出来事など  

1.朝7時半旅館出発。昨日同様国道に並行して旧街道が通っているので歩行が楽しい。間もなく伊予三島市に入る。豊岡とか寒川という町を通り抜けて午前11時10分、65番三角寺を打つ。

 65番への途中、伊予三島市街で右折すべきポイントを見過ごして直進。渋滞する片側一車線の狭い自動車道路で地図と首っ引きでウロウロしている小生を見かねたか、タクシーの運転手さんが態々車を停めて65番への道を教えてくれる。何度も言うようだが、とにかく町中の道はややこしい。迷い迷って国道11号線を逸れて三角寺方面への遍路道にようやく入る。30分のロス。道は彼方の山へと向かう。松山自動車道が山麓に沿って走っている。そのガード下をくぐりぬけ山道にかかるや曲がりくねる急坂遍路道となる。しかし眺望は素晴らしい。目を遮るものが無い。喘ぎながらも高度をかせぐにつれて眼下には紺青の瀬戸内の海と伊予三島市の製紙工場群が一望の下。素晴らしきパノラマ。約1時間に及ぶ苦しい登坂行の甲斐があった。 

2.三角寺では団体遍路と遭遇せず、古格な山寺の静けさの中に沈潜する。突き抜けるように澄み切った青空を背に桜満開の三角寺。気が付けば3月もあと数日を残すのみ。伊予の国とも今日でお別れだ。歩いた距離もほぼ1000キロ。美しい自然と山寺の静謐に包まれて、あらためて夢中で駆け抜けてきた32日間の事を思うと急にこみあげるような嬉しさが沸き上がって来た。

3.午後1時番外札所椿堂で納経。ここは65番から下って来た山道が国道192号線と合流するポイント。192号線の緩やかだが延々と長い上り坂を一路徳島県池田市を目指して歩く。伊予道場の次は讃岐道場にはいるわけだが、行程上は一旦徳島・阿波の国へ入る。午後2時15分、192号線の境目トンネル(855メートル)に達す。ここを抜ければ徳島県である。このトンネルは幅が狭いにもかかわらず立派な歩道があった。楽な歩きだ。トンネルを抜けると右手山側に”水車”という民芸調の大うどん店があった。中途半端な時間の為目をつぶって通過。未練一杯。

4.午後2時20分、民宿岡田に着く。テレビの遍路番組ではここの女将さんが度々登場する。70近いはずだが若つくりの女将さんだ。大きな声で言いたいことをはきはきと言う名物女将として遍路の世界では有名らしい。肝っ玉母さんの風格がある。それにしても土居町から三角寺を経て2時過ぎに到着した小生には心底驚いたようすであった。お褒めにあずかってこちらも大変うれしかった。一泊二食5500円。

5.夜遅く女性の歩き遍路が投宿。千葉から夜行の川之江市行き直行バスで65番経由ここにたどり着いたらしい。春休み利用の分け打ちの歩き遍路の由。歩き遍路には全行程を一気に歩きぬく通し打ちと、何回かに分割して全行程を歩く分け打ちがある。仕事を持つ人にはこれが一番だ。聞けば彼女は学校の先生。30歳代、女身で一人遍路。えらいものだ。分け打ちの体験も十分積んでいる。明日の66番雲辺寺への遍路転がしの難路挑戦も立派にやり遂げることができますように。、