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遍路紀行 20日目 (1997年3月16日) 晴れ

行程

延光寺門前若松旅館~遍路古道松尾峠を越えて愛媛・伊予の国に入り~40番観自在寺愛媛県南宇和郡御荘町〉~観自在寺門前のきのくにや旅館まで

歩行距離 30キロ (延べ625キロ)

この日の出来事など

1.今日から伊予・菩提道場に入る。朝7時、若奥さんの見送りを受けて出発。一路56号線を行く。8時頃松田川を渡り、宿毛市の中心街に入る。日曜早朝の事とて街はまだ眠っている。地図によればすぐに56号線と別れ、松尾峠方面への分岐道に入らねばならないが市街は碁盤の目のように道路が入り組み、分かれ道がわからず迷いに迷う。偶に通りかかる地元の人に尋ねても、驚いたことに松尾峠の存在すら知らない。やっとの事で分かれ道にたどり着く.。このころより小雨模様。

2.9時20分、峠登り口に着く。土佐と伊予を結ぶ街道の要衝であったため、昔ここには番所があった由。幕末の志士たちもここを往来したか。峠まで1.7キロとある。幸いに今は雨も止んでいるが、昨夜の雨で山道の泥濘尋常でなく加えて悪路の急坂の為、滑ったり転んだり大いに難渋する。10時峠に達す。これより愛媛県。詳しくは愛媛県南宇和郡一本松町。伊予宇和島藩の支配地を表す立派な石造りの標柱が完全な形を残して存在を主張している。

3.峠より土佐の国を振り返る。宿毛湾が穏やかに眠っている。太平洋の荒波の洗礼を受ける土佐の猛々しい海と違い、宿毛の海は行政上は土佐高知であっても、その自然は伊予化してどこか女性的である。複雑に入り組む入り江の浦々は春3月の真昼の陽光を浴びて柔らかに輝いていた。峠からは伊予一本松町への急な下りであるが、高知側に比し愛媛側の山道は少し手が加えられており、泥濘に滑ることも無く無事峠を下りた。11時半一本松町のとある公園でお握り弁当を開く。

4.城辺町にはいる。一本松町と同じ南宇和郡である。間もなく僧都川にぶつかり、しばらく川に並行して歩く。人家が次第に目立ち始めてきた。再び国道56号線に合流。城辺橋を渡り僧都川対岸へ。かなり長い橋の中間点で高齢のおばあさんより500円の賽銭お接待をいただく。丁度午後1時半の事。56号線は橋を渡って左折、川に沿って進む。御荘町に着く。午後2時、40番観自在寺を打つ。

5.2時半、40番門前の遍路宿きのくにや投宿。70代の老女将が一人で切り盛りしている。隣部屋は車遍路一組。夕食、朝食とも1階の食堂で全員で食卓を囲む。真鰹の生姜煮、マグロ刺身、キュウリと蟹の酢和え、野菜の煮物、カズノコと多彩な料理であったが、カズノコの中に蛾が混じっていたのでこれはそっと遠慮した。襖一枚隣部屋のぼそぼそ声はいつか鼾に変わる。一泊二食5500円。明日は宇和島だ。