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遍路紀行 19日目 (1997年3月15日) 晴れのち曇り

行程

土佐清水市久百々の民宿~幡多郡三原村と船ヶ峠を経由して~土佐修行道場最後の札所39番延光寺高知県宿毛市平田町〉~延光寺門前若松旅館まで

歩行距離 34キロ (延べ595キロ)

この日の出来事など

1.午前7時民宿出発。砂をかむような味気ない別れ。宿代支払いの時チラッと姿を見せるがお互い無言。それでも、頼んでおいたお握りは包装紙で丁寧に包んで渡してくれる。7時半、昨日は大雨であった下の加江の集落に着く。ここで13日の四万十川以来の道連れであった321号線と別れ県道21号線に入る。標識に三原方面分岐点とある。これで、10日以上に及ぶ太平洋や土佐湾との同行二人旅は完全に終わり土佐最後の宿毛市を目指し山中に入る。三原村や船ヶ峠を越える山また山の山巡り。下の加江川の源流までたどってゆくのか、右に左に曲がり曲がっても、登り下っても下の加江川の渓谷が離れずついてくる。県道とは言えアスファルト舗装は凸凹で荒れており、車一台通り抜けできるか危うい。県道よりも林道が適切か。山越え中、人はもとより、車一台お目にかからず。深山幽谷の”趣”どころか、まさに深山幽谷である。聞こえるは鶯の囀りのみ。路傍で今朝用意してもらったお弁当を開く。宿には屈折した気持ちがあったが、お握りは具もいっぱいで美味しかった。

2.いつの間にか土佐清水市から幡多郡の三原村に入ったようだ。下の加江川源流の渓谷と鶯はあいかわらずだ。午後は60パーセント雨の予報であったが,なんと快晴だ。しかし、暑い。三原村の芳井部落を過ぎる。猫の額のような山間の大地の上に人家が寄り合っている。突然、猛烈な犬の吠え声に飛び上る。土佐犬ドーベルマンを掛け合わせたような一瞬虎かと見紛う大型犬が小生めがけてとびかかって来た。幸い長いワイヤーに長い鎖を通して繋いであったので、鎖の限度いっぱいのところでストップがかかり大事にはならなかったが、恐怖の棒立ち。声も出ない。更に進む。久繁,宗賀という集落を通る。天満宮の社あり。水道の水が実に甘露であった。トイレもある。鄙びた山村に不似合いなほどに素晴らしくモダーンな建物で、しかも清潔。通行人もいないのだから、使用する人もいないか。ピカピカの社とトイレ。。天満宮参拝。トイレと水道。これほど遍路にとっての喜びは無い。

3.三原村から船ヶ峠を越えれば黒川という集落。ここはもう宿毛市か。整備された道路になって来た。黒川トンネルを通過。トンネルを出たら、視界がパッと開けて巨大なダムサイトが眼前に展開した。黒川ダムサイト公園という。12時50分であった。道路も素晴らしいわけだ。展望休憩停で小休止。この広大な空間に小生一人。勿体ない。

4.ダムから少し下ったら、早くも39番寺のある宿毛市平田町の外れに達する。国道56号線に3日ぶりに対面。四万十の中村市以来の邂逅だ。さすが四国の大動脈なり。車の通行量が半端ではない。久しぶりの下界、俗界も正直楽しいものだ。勝手なものだ。明日は56号線とのお付き合い。よろしく。午後2時、39番延光寺打つ。これで土佐修行道場うち終わりだ。明日より伊予の国の菩提道場に入る。

5.午後2時半、門前の若松旅館投宿。古風な遍路宿の風格。設備は古びているがよく手入れされている。細かい気配りの若夫婦の一生懸命なもてなしが嬉しい。延光寺も若松旅館も田園の中。明るいうちは鳶の鳴き声。日暮れてはなんと蛙の大合唱に包まれて夜は更けてゆく。風呂は下駄を履いて入る五右衛門風呂だ。これにはさすがに驚いた。夜更けて雨だ。今日で歩行距離600キロ近くになり、東京/神戸間を超えた。

 T君より電話あり。彼岸休みを利用して四国・東赤石山登山の予定と。3月22日松山市内でのランデブーを約す。同宿者無し。蛙の合唱を子守歌に,早々と8時就寝。一泊二食5300円。