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遍路紀行 14日目 (1997年3月10日) 曇り

行程

国民宿舎土佐(土佐市宇佐町竜)~須崎市を経由して~高岡郡中土佐町久礼の大谷旅館まで  歩行距離 36キロ (延べ428キロ)

この日の出来事など

1.次の37番岩本寺までは56キロの距離あり。二日がかりだ。今日は中土佐町までの36キロを唯ひたすらに歩き続ける。7時50分国民宿舎出発。横浪三里黒潮スカイラインを行く。国民宿舎の前をこの有料観光ドライブウエーが走っている。馬の背のような高所の尾根を走る道路で、断崖絶壁状の小さな半島や山を割るように入り組んだ入り江などの起伏に富む絶景を眼下に眺めながら歩く。車だったらどんなに快適なドライブであろうことか。歩きはそうはいかない。急勾配の上り、下りが連続する約15キロの苦しい観光道路である。行合う人は誰もいない。人家が全く無いのだから生活道路ではないのだろう。通り過ぎた車は20台ぐらいだったか。聞こえる音は三つ。風の音、鶯の鳴き音、それに金剛杖の鈴の音。鳶の鳴き声は聞こえず。また、波の音は海面が遥か下にあるのでここまでは届かない。途中,横浪県立自然公園あり。食堂も展望台も今日はクローズ。武市半平太銅像は終日太平洋を眺めながら何を思うか。高校野球で馴染みの明徳義塾がこの孤島のような人里無縁の地にあった。周りの静かな雰囲気とは不似合いな看板が立っていた。おそらく全寮制であろう。

2.10時半中浦バス停国道56号分岐につく。漸く下界である。56号線はこれからトンネルが多くなる。中浦バス停は入り江である浦の内湾の行きどまり最奥部にある。これが太平洋に繋がる入り江だとは到底信じがたい静かな”山の湖畔”に停留所がポツンとたっている。ここは須崎市の外れであろうが、市街中心部までの6キロは山中をゆくこの国道56号線が我が相棒であろう。265メートルの鳥坂トンネルは10時45分から47分までの2分で通過。危険なトンネルの長居は無用。急ぐに越したことはない。12時頃桜川を渡り、土崎合流点に到る。ここで国道56号線本線に合流する。

3.国道の両側には須崎市役所、警察署、スーパー、郵便局などの官署、商店、ビジネスビルが並んでいる。想像していたより賑やかな佇まいだ。昼食の食堂も選り取り見取りだ。寿苑という食堂に入る。ここの主人らしき老奥さんが小生の姿を見るや、「オシコクさんが来てくれはった!」と大歓迎を受ける。オシコクさんの徳に与りたいと金剛杖を撫でる、撫でること。鰹定食700円。東京辺りの鰹定食と言えば、刺身一品とみそ汁程度の献立であろうが、ここは違う。皿数5皿、カツオを使った料理である。食べきれない。お詫びして残す。去りしなに、大きなビニール袋にポンカンをドサッと入れたお接待をいただく。外に出てズシリとあまりにも重いので中を覗いたら10個はくだらない数え切れぬポンカンと半熟卵。出来るだけ軽くするため、腹一杯の身ながら歩きながらいただくが、全然軽くならぬ。片手に金剛杖、もう一方の左手に篤き人の情けのビニール袋を提げて頑張りだ。

4.56号本線をどんどん急ぐ。新荘川を渡ると、須崎市街を離れ再び山中に入っていく。午後1時40分~45分、420メートルの角谷トンネル通過。ここから下りになる。楽だ。短い久保宇津トンネル,安和トンネルを通過して、午後2時15分危険なことでガイドブックでも最も悪名高い焼坂トンネル入り口に達する。966メートル。確かに歩道なく怖い。そもそもこの辺りは人口小さいために外出者も比例的に少なくなる。従ってトンネルを含め道路を歩く人も少ないからトンネルに歩道を設ける必要が無いのだろう。歩道を作ればトンネルの幅員も増え掘削工事コストも増えよう。四国のトンネルは歩道ほとんどない。しかし歩き遍路は困る。トンネル側壁下の側溝のコンクリート製の蓋が辛うじて歩道の態をなしているだけだ。2車線トンネルの右側を歩く。右肩をトンネルの壁に擦り付けるようにして懐中電灯をグルグル前方に向けて振り回しながら歩く。これで小生の左肩脇を疾駆する対向車が気付くはずだ。思ったほど危険な思いなく、10分で通過。トンネル内歩行者は小生のみ。排気ガス充満し、手拭で口と鼻を抑え続ける。先ほどいただいたポンカンの入ったビニール袋、金剛杖、懐中電灯に手拭を両手で持ち替え持ち替え、三十六計逃ぐるに如かずと小生もトンネル内を疾駆する。

5.焼坂トンネル内の中間点で須崎市から高岡郡中土佐町に入る。外界に出たらほぼ一直線の長い下りだ。土讃線が右側を走っている。午後3時10分中土佐町久礼の大谷旅館に着く。中年の奥さんの出迎えを受ける。夕食、朝食ともに中年の女中さんが付ききりで奉仕してくれる。彼女の生涯の夢は遍路に出る事だそうで、面映ゆかったが土地の者でも実行できぬのに立派なことだと褒められる。同宿者なく、夕方から降り始めた雨が軒を打つ音のほかはコソとも物音もせず人声もない旅の宿である。炬燵の中で、毎晩の夜業である明日のコース調べをする。雨、いよいよ激しい。明日の好転を祈る。だいぶ古びてはいるが、由緒ありげな風格の海浜宿場町の宿。一泊二食6800円。